December 17, 2008

ベルリン・フィルの映画2本

 先日ベルリン・フィルの映画がユーロスペースでかかっていたので、連続で観てしまいました(^-^;)
 まずは2005年のベルリン・フィルのアジア・ツアーを、前後して行われたオーディションと絡めて追ったドキュメンタリー。
■ユーロスペース | ベルリン・フィル 最高のハーモニーを求めて
■ベルリンフィル 最高のハーモニーを求めて:公式サイト
 製作は以前、サイモン・ラトルとベルリン・フィルが子どもたちと共にストラヴィンスキーの「春の祭典」の舞台を作り上げていく過程を追った「ベルリン・フィルと子どもたち」を作ったトマス・グルベ監督。
ベルリン・フィルと子どもたち スタンダード・エディション [DVD]
出演: ドキュメンタリー映画, ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 監督: トマス・グルベ, エンリケ・サンチェス・ランチ
レントラックジャパン
¥ 3,990 (税込)
1

on 2008-12-17 21:00:28


ベルリン・フィルと子どもたち コレクターズ・エディション [DVD]
出演: ドキュメンタリー映画, ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 監督: トマス・グルベ, エンリケ・サンチェス・ランチ
レントラックジャパン
¥ 7,245 (税込)
2

on 2008-12-17 21:01:46


 今回の映像は、試用期間でツアーに参加する候補生のインタビューから始まり、それから順に北京、ソウル、上海、香港、台北、東京というアジアの6都市での公演とラトルやベテランメンバーたちの姿を描き出していきます。ベテランメンバーでも感じている「最高のオケ」としてのプレッシャー、それでもうまくいったときに感じるこの上ない快感、さらに自分を追い込んでいきたいという求道的な姿勢など、プロ中のプロの言葉が静かに語られるとやはり説得力があります。ホルンのサラ・ウィリスが若いときオーディションで緊張の余り唇が震えて仕方がなかったことがある、と語っていたのにはどこか共感を覚えました。
 演奏されるプログラムはリヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」、トーマス・アデスの「アサイラ」。唯一の現代曲「アサイラ」はリズムや音の使い方が複雑で、名人揃いのベルリン・フィルとラトルでも苦労の連続でした。オケが「挑戦し続ける」ことを忘れないため、ラトルが取り上げた曲でしたが、リハーサル中ラトル自身も振り方を修正せざるを得なかったりしてかなり厄介です。しかし出来上がって来た響きは不思議と魅力的で、新鮮なものでした。
 一方、公演で訪れる各都市の風景や観客の反応も、それぞれ個性があって面白かったです。台北ではコンサート会場の外にも野外スクリーンで公演の状況を上映していたのですが、音楽に感動した聴衆がラトルやオケのメンバーたちを熱狂的に歓待する様子にはちょっと胸が熱くなりました。20〜30年位前の日本はこうだったのではないかな、とふと思ったり(^-^;)
 それに比べると現在の東京はいたって平静で耳が肥え、聴き方も洗練されているようでした。パンフレットに書かれていたけど、東京はすでにベルリン・フィルのメンバーにとっては「家」のようなもので、会場周辺の交通や宿泊などの環境が整わずに苦労のあった他の都市に比べると、だいぶリラックスできる場所だったそうです。でもそれだけに描かれ方もあっさりしていて、時代の流れを感じました。
 全般に淡々としていて、ラトルや楽員たちの声を拾いながら音楽の深いところに降りて行く「オデッセイア」のようでした。多少長いような気もしましたが、音楽好きにはたまらないシーンもいろいろあって楽しかったです(^-^)

 もう1本はナチス第三帝国におけるベルリン・フィルについての証言を記録した「帝国オーケストラ ディレクターズカット版」。在りし日のフルトヴェングラーやクナッパーツブッシュなどが登場する演奏映像と、戦中の記憶を残す数少ないメンバーの語る当時の苦境が淡々と綴られていました。
■帝国オーケストラ ディレクターズカット版/映画情報/シネマぴあ
■帝国オーケストラ(ディレクターズカット版) 上映映画館-MovieWalker:ムービーウォーカー
■セテラ・インターナショナル|ライブラリ 帝国オーケストラ ディレクターズカット版
 この映画は通常版のDVDが出ています。






on 2008-12-17 00:38:43


■覚え書き:帝国オーケストラ ディレクターズカット版 - livedoor Blog(ブログ)
 ナチスの宣伝相ゲッベルスによって文化面の広告塔として使われたベルリン・フィルとフルトヴェングラー。ユダヤ人迫害が激烈化し、ユダヤ系のメンバーが追放されていく中、ベルリン・フィルはナチスの公式行事で演奏を続ける。彼らは、なんとかメンバーを守ろうとするフルトヴェングラーの下、戦場に送られることもなく、生活を保障されて音楽に専念することを許されていたが、やがて戦況が悪化し、フルトヴェングラー自身も指揮台から降りてしまう。ナチスの公式行事がなくなり、ベルリン・フィルは空爆で破壊された街中で、空襲警報に脅えながらも演奏を続ける。傷病兵のための慰問演奏会と市内での演奏会は戦争が終わる直前まで続けられた。その中、ベルリン・フィルのヴァイオリニストだったバスティアンは、慰問演奏に聴き入る傷ついた兵隊を見ながら初めて自分たちの恵まれていた境遇に気づいて涙する。「私たちはただ、≪演奏≫を続けたかっただけなのです。」しかし空爆の続く中をぬって行われる市内の演奏会には、多くの市民が集まり演奏に聴き入ったという。聴いている瞬間だけは戦争を忘れていることが出来る音楽に。それは飢えや渇きを満たす以上のものだったのかもしれない。
 戦争が終わるとすぐにナチス党員だったメンバーを追放したベルリン・フィルでしたが、その道義的な責任については今も議論が残ります。はたしてどうすべきだったのか?−今日の目から批判するのは容易ですが、それで終わりに出来るのか...素直に証言を聞き、事実を多く集め、いろいろな面から考え続けないといけないかなと思います。
Posted by roku at 12:34 AM | from category: topics 映画/アニメーション等
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